はじめに 
 微生物の細胞懸濁液を栄養寒天培地に適量滴下し、ストリークバーで表面に押し広げることは、継代培養時やシングルコロニー単離時に行う基本であり、微生物を扱う研究者にとっては意識にものぼらない変哲もない操作であろう。しかし物理的解釈では、寒天培地とストリークバーとの界面には滑り摩擦が発生し、摩擦場が形成されることが見えてくる。寒天ゲルのようなハイドロゲルの摩擦は、表面がぬれている状態と、乾燥している状態では大きく異なり、ゲル摩擦は複雑であって、その解釈は個体摩擦のようには明快ではない。物理的視点では、寒天培地とストリークバーとの界面にある微生物は滑り摩擦場に置かれたことになり、この間ゲルの摩擦と等速に接触する状態は、微生物にとっては自然界にはない特異状態にあると捉えることができる。
 微細針状物質は自然界にも人工物としても存在するナノサイズの針状粒子で、細菌細胞とは何の因果関係もないが、両者をハイドロゲルの滑り摩擦場という特異状態に共存させると、普遍性をもった「ヨシダ効果」と呼ばれる物理現象として認識できるようになる。

ヨシダ効果はゲルの摩擦場でおこる  
 ヨシダ効果とは、ハイドロゲルの摩擦場にて細菌細胞と微細針状物質が衝突し、ペネトロン(穿刺中間体)と呼ばれる複合体が生じる現象をいう2。ペネトロンは微細針状物質一粒子が一細胞に突刺さった構造をしている(図1)。ペネトロンを形成させる為の必須因子は、微細針状物質と細菌細胞といった主因子のほか、ハイドロゲル、界面形成材料、滑り摩擦とそれを付与させるためのエネルギー源である。ハイドロゲルの強度は2.1N以上が必要で、寒天、ジェランガム、κ—カラギーナンなどがある。界面形成材料はポリスチレン、ポリエチレン、アクリルニトリルブタンジエンラバーなどの高分子物質があげられる。垂直抗力は40gf/cm2が適している。微細針状物質としては多層カーボンナノチューブ、γ—マグヘマイト、α—セピオライトなどがあげられる。滑り摩擦を付与させるためのエネルギー源は回転エネルギーなどが多用される。

ペネトロンの興味深い性質  
 
ペネトロンには特徴的な性質がある。それは微細針状物質に核酸分子をまぶした状態で細菌細胞と衝突させ、ペネトロンを形成させると、ペネトロン内部では核酸分子の授受が行われることである。ペネトロンは中間体であるので、栄養を与え適切な条件に置おけば、ペネトロンは娘細胞を放出してペネトロン以前の安定状態に戻ろうとする(図1)。核酸分子に自立複製するプラスミドなどを選択すれば、プラスミドは娘細胞に伝達されていくことになる。これらのペネトロンの性質を利用して、細菌への遺伝子導入技術、遺伝子発現抑制技術、アスベスト検知技術が開発された。

図1 ヨシダ効果発生時の概念図 細菌細胞と微細針状物質から成るコロイド溶液をハイドロゲルの表面に置き、摩擦刺激を付与する。摩擦力はF=µWで表される。Wは垂直抗力、µは摩擦係数である。5%、2%寒天ゲルを使用した場合、µは15秒間の間にそれぞれ0.081から0.233へ、0.038から0.078へ増大する。このような急激な摩擦抵抗の極大化はヨシダ効果の発生には必須である。
 

ペネトロン形成を介した細菌への外来遺伝子導入技術  
 前述したように、プラスミドをまぶした(吸着させた)微細針状物質と細菌細胞を衝突させ、ペネトロンを形成させる。ペネトロンは適切な条件に置くとプラスミドを獲得した娘細胞を放出するようになる。このことはプラスミドによる細菌の形質転換の成立を意味する。ペネトロンを介した細菌への外来遺伝子導入技術では、微細針状物質としてはα-セピオライトやキチンナノウィスカーの効果が確かめられている。ハイドロゲルは寒天ゲルで十分目的は達成される。使用する細菌細胞の種類にしたがって、ペネトロンが形成されるよう微細針状物質を選択し、かつゲル強度も調節するとよい結果が得られる。  Bacillus subtilisにプラスミドを導入したケースはグラム陽性細菌の形質転換に汎用性がある。α-セピオライトコロイド溶液(1 mg/ml)にドナープラスミド(pHY300PLK)、NaCl(最終濃度200 mM)、受容菌の栄養細胞を順に懸濁させる。このコロイド溶液を抗生物質(テトラサイクリン)とLB培地成分を含む 5%寒天ゲルに滴下して、ポリスチレン製のスプレッダーで摩擦刺激を60秒付与し続ける。このときゲル表面は十数秒以内で乾燥した状態にならなければならない。ここがポイントであり、たとえば1分間経過しても、ゲル表面が湿っているようであれば形質転換体はまったく得られない。適時間保温すると、抗生物質耐性コロニーの出現を確認することができる。  ペネトロンを介した遺伝子導入法は摩擦力を使うので摩擦形質転換法(Tribos transformation)と命名した。従来の化学形質転換法と比較すると、Tribos transformationはコンピテントセルの調製、ヒートショック付与といった操作を必要としないし、遺伝子導入とスクリーニング(選別)が同じハイドロゲル上にて行われるので、従来法の煩雑さを軽減する。グラム陽性、陰性細菌にかかわらず、プラスミドの導入が確かめられ、従来法に変わる新しい遺伝子導入技術として注目されている。本法は表1に示すように幾人かの研究者によって再現が示されている。このことはヨシダ効果の無謬性をも示している。

ペネトロンを遺伝子発現抑制技術に利用する   
 遺伝子発現抑制は特定の遺伝子の機能や影響を調べる技術で、遺伝子研究に多用される。それには標的遺伝子を相同組換えやCRISPR/Casシステムで直接破壊する方法や、RNA干渉法やアンチセンス法など一時的に標的遺伝子の発現を抑制する方法がある。微細針状物質にDNAを吸着させた状態でペネトロンを形成させると、ペネトロン内でDNAの授受が起こる。このときのDNAをアンチセンス核酸とすれば、ペネトロンから簡便に細菌の遺伝子発現の抑制を観察することができる。考慮すべきはペネトロンに娘細胞を放出させない条件で、遺伝子機能を評価しなければならないことである。アンチセンス法は一時的であるので、ペネトロンが娘細胞を放出すれば、アンチセンス効果が薄まってしまい、もはや評価に耐えなくなってしまうからである。
 アンチセンス核酸としては、標的遺伝子の翻訳開始部位周辺の塩基配列を基にして15merと90merのオリゴヌクレオチドDNAを人工合成した。これらをα-セピオライト溶液(50-1000 µg/ml)に加え、2-5%寒天ゲル上にて、細菌細胞とともに60秒間滑り摩擦刺激を付与する。
 図2Aに示すように、大腸菌のペネトロンに、β-ガラクトシダーゼのαフラグメント遺伝子を標的としたアンチセンスDNAを導入し、酵素が誘導されるように条件を整えた後、β-ガラクトシダーゼ活性を常法に従って測定すると、酵素活性は対照の26〜35%に抑制されることがわかる。
 B. subtilisのペネトロンにおいて、胞子形成開始遺伝子であるSpo0AをターゲットとしたアンチセンスDNAを導入すると、ペネトロンからの胞子形成率は対照の24〜35%に抑制された(図2B)。ペネトロン内部では、セピオライトからアンチセンスDNAが離脱し、標的mRNAの翻訳を阻害したと考えられる。アンチセンスDNAのデザイン次第で、抑制度合いも高めることもできるだろう。これまで遺伝子導入が困難であった細菌種への人工アンチセンス法の適用が期待できる。

図2 アンチセンスDNAによるペネトロンの遺伝子発現抑制度合い (A) 大腸菌のペネトロンにアンチセンスDNA(LacZ15, 90)を導入すると、酵素活性の抑制が見られる。B-LAC15と90は標的遺伝子のmRNAとは関係のない配列を持つが、わずかな抑制が見られるのは、若干の相補的類似性が見られたためである。(B)B. subtilisのペネトロンにアンチセンスDNAを導入すると、胞子形成率は低下する。
 

ペネトロンを利用したアスベスト検知技術  
 アスベストはケイ酸塩水和物を主成分とした繊維状の天然粘土鉱物の一種である。家屋の断熱材や耐火服をはじめ、約3000種の工業製品に使用されているように需要も高い。しかしながら発がん性が指摘され、日本においてはアスベスト規制が進みその廃棄が重要な課題となりつつある。アスベストのうち9割以上はクリソタイルという粘土鉱物である。
 クリソタイルと細菌細胞をゲルの摩擦場で衝突させるとペネトロンを形成することが判明したため、ペネトロンを利用したアスベスト検知法が開発された。検体中にクリソタイルが含まれていると、かならずペネトロンが形成される。そこに抗生物質耐性マーカーの乗ったプラスミドを共存させておくと、ペネトロンは抗生物質耐性に変化した娘細胞を放出する。つまりクリソタイルの存在を、受容菌がプラスミドを取込んで、どれだけ抗生物質耐性に変化したのかということに置き換えて推測することができる。
 検体はまず粉砕機などで粉砕する必要がある。ペネトロンを形成させるための受容菌としては大腸菌、プラスミドはpUC系などのアンピシリン耐性をマーカーとしている方が扱い易い。細かいノウハウはあるが、操作手順は実に単純である。粉砕された検体とpUC18をそれぞれ1mg/ml、0.1μg/mlになるように純水に懸濁し、検体懸濁液とする。直径9cm のプレートにLB栄養源とアンピシリンを含む2%寒天ゲルを作成し、その表面に検体懸濁液と大腸菌の培養液を50μlずつ滴下し、ポリスチレン製のスプレッダーにて滑り摩擦刺激を30秒付与して完了である。適時間保温後、クリソタイル濃度に応じて、アンピシリン耐性コロニーが出現する。純粋なクリソタイル懸濁液(1.0 µg/ml)を対照とし、これよりもコロニー数が多ければ、クリソタイルは0.1%以上含まれていると推測され、検体はアスベスト製品であると判定している。
 ペネトロンを利用したアスベスト検知技術は宮大法と呼ばれ、特に他の鉱物が共存しているような土壌や瓦礫、建材中のアスベストの有無を判別したい時に威力を発揮する。筆者の研究室ではアスベスト検知支援事業を継続している(図3)。

図3 アスベスト検知支援事業にて作成される報告書  
クリソタイル含有の有無は、常に基準実験から得られる大腸菌のコロニー数よりも、多いか少ないかで判断される。
 

ヨシダ効果は自然界で起こるのか  
 ヨシダ効果の発生には微細針状物質、ハイドロゲル、界面形成材料、摩擦場を生み出すエネルギー源といった因子が必須である。ヨシダ効果にて形成されるペネトロンは粒子内部で核酸物質の授受が行われ、外来分子としてのプラスミドなどが娘細胞に受け継がれれば、遺伝的形質転換が成立する。自然界で見られる代表的な微細針状物質はクリソタイルが挙げられる。クリソタイルは蛇紋岩層の亀裂中で結晶成長する。
 自然界におけるヨシダ効果の発生を予測するために、微細針状物質はクリソタイル、ハイドロゲルはジェランガム、界面形成材料は蛇紋岩、滑り摩擦場を生み出すエネルギー源としては人工地震動とし、ペネトロンから放出される娘細胞のプラスミドによる遺伝的変換頻度を調べた。受容細胞であるPseudomonas sp.またはB. subtilisと供与プラスミドとクリソタイルを含むコロイド溶液を、バイオフィルムを想定したジェランガムの表面に置いた。 ジェラン表面に蛇紋岩プレートを接触させ、地震を想定した横揺れ振動(30〜520ガル)を与えて、摩擦場を形成させた。摩擦刺激は受容細胞が供与プラスミドを取込んで抗生物質耐性に形質転換することを促進させた。固いジェランはPseudomonas sp.、B. subtilisのプラスミド取込みを促進したが、やわらかいジェランは促進しなかった。ジェランガム界面での細菌のプラスミドの取込みはクリソタイルといった針状粘土鉱物をともなった横揺れ振動と摩擦場の形成が必須である。これらの実験結果は、蛇紋岩の亀裂中に形成されたバイオフィルムが地震動を受けた場合、ヨシダ効果が発生し、バイオフィルム表面の細菌はペネトロンとなり外来遺伝子による遺伝的変化が生じ易いことを示している(図4)。蛇紋岩層における地震動は蛇紋岩亀裂中のバイオフィルムの細菌進化の一原動力であるという仮説(地震摩擦進化説)を提唱している。

図4 自然界で予想されるペネトロンの形成条件 
クリソタイルは繊維状鉱物で、蛇紋岩の亀裂を埋めるように結晶成長する。図のように地表部の蛇紋岩の亀裂中にバイオフィルムが形成された場合を想定する。バイオフィルム中にはクリソタイル、細菌、細胞から溶出した核酸物質などが含まれるだろう。振動発生時、バイオフィルムと蛇紋岩との界面に摩擦が生じ、ヨシダ効果が発生する条件に近づく。ペネトロンは遺伝的変換体の前駆体ともいえる。
 

さらに飛躍すると  
 Perron らは一連の観測から、火星の表面のほぼ三分の一を覆っている北部平原には、かつて海があった可能性を示唆した (Nature 2007)。火星のマントル最上部のかんらん岩は火星の冷却とともに水と反応し、蛇紋岩のような含水鉱物へと変化したと考えられている。事実火星の表層には蛇紋岩化したかんらん岩が多く存在している(Ehlmann et al. Geophys Res Lett 2010)。この発見から蛇紋岩の亀裂にクリソタイルが存在していることは十分推察される。また火星の表層でしばしば吹き荒れる全球的な規模で移動する塵の正体は、マグへマイトと呼ばれる鉱物である(Goetz et al, Nature 2005)。マグヘマイトはヨシダ効果を引き起こす微細針状物質の一つである。
 火星では初期の一時期であるが、プレート運動が続いたとする説があり、プレート運動から誘発される地震が多発したであろう(Sleep, J Geopys 1994)。現在の火星の地震はプレート運動がないため、地球のようなメカニズムによる頻繁な地震の発生は期待できない。しかし月の研究で考えられているような個体核からのガスの発生が地震動を誘発する可能性はある(Goins et al, J Geophys Res 1981)。また太古の惑星には、多くの巨大隕石がふりそそいていたと言われている(Nisbet and Sleep, Nature 2001)。巨大隕石の落下による衝撃エネルギーも、ヨシダ効果を引き起す摩擦のエネルギー源には十分であろう。 
 火星にはヨシダ効果発生に必須な因子である微細針状物質、界面形成材料、地震動などの滑り摩擦を付与するエネルギー源が存在するので、ヨシダ効果発生条件は整っている。地震動がヨシダ効果を誘発し、ペネトロンが遺伝的転換体の前駆物質となることは、太陽系惑星における生命進化の共通原理となるかもしれない。