還元型窒素の生物に対する化学的二面性 
  
窒素ガス(N2)は安定な分子で、大気中では体積比として78%を占め主要成分を構成している。生物において窒素は、生体内でタンパク質、核酸を合成する原料となり、生命現象を営む上で必須元素であることは言を待たない。確かに大気には窒素ガスは大量には存在するが、生物はそれを直接利用するのではなく (窒素固定能力のある生物は例外)、窒素が最も還元された形態であるアンモニア態窒素(NH3)として利用する。
 アンモニアは水に溶けやすい性質がある。溶けるとその一部は解離してアンモニウムイオン(NH4+)となる。アンモニアには非解離の状態(以後「アンモニアガス」とする)か、解離した状態(以後「アンモニウム」とする)か、という化学的な二面性がある。生物にとっては同一分子ではあるが、この化学的二面性があるがゆえ、その影響は大きく異なる。生物が物質の生合成に利用するのは専らアンモニウムであり、ガス態アンモニアではない。毒性という観点から見ると、さらに大きな違いを見ることができる。アンモニウムについて見れば、生物はそれを選択的に取込むチャネルを発達させ、非選択的に細胞内に取込まれることはない。それに対してアンモニアガスは極性がないので、拡散により細胞内に侵入する。生物の細胞膜は脂質でできている。アンモニアガスは脂質に溶けやすく、制御がかからない状態で細胞内に浸透するので、重篤な細胞毒性を示すことになる。 
  アンモニアは生物にとってはそもそも必須の栄養であるという自明に気をとられ、アンモニアの化学的二面性が及ぼす影響について、踏み込んだ問題提起をする研究者はいなかった。アンモニアガスの生物に対する毒性、生物から見れば耐性はいかなるものであろうか。自然界には強いアンモニアガス耐性を有する生物はいるのだろうか。そしてアンモニアガス耐性機構およびエネルギー獲得機構を明らかにすることは、アンモニアガス生命圏の確証に近づく第一歩になる。

アンモニアガス耐性細菌を単離する工夫   
  ポリクロルビフェニル分解細菌の単離を試みようとした研究者は、寒天培地を上下逆さまに置き、そのふたの中央にビフェニルの粉末を盛った。そこから昇華して立上るビフェニル気体を捕獲し、資化する能力のある細菌を増殖させる単離法を考案した。この方法に学べば、アンモニアガス耐性細菌単離の足がかりとすることができる。 炭酸水素アンモニウム[(NH4)HCO3]は固体粉末であるが、常圧では昇華し、アンモニアガスに変化する。写真に示すように、真空チャンバー内に炭酸水素アンモニウムと選択培地を置いて密閉保温すると、チャンバー内の気体はアンモニアガスを含む混合気体となる。混合気体中ではアンモニアガス耐性のある微生物が増殖してくるはずである。


アンモニアガス耐性細菌を分離するために考案された培養法。真 チャンバーの中に、アンモニアガス発生源である炭酸水素アンモ ニウム(NH3)HCO3粉末と寒天培地を置く。培地は蓋をあけた状態で静置する。チャンバーの蓋を閉めて一定温度に保つ。MM寒天培地は、生物の生育因子のみを含み、炭素源、窒素源はいっさい含まれない。(NH3)HCO3の量を調節することにより、任意のアンモニアガス濃度に調整することができる。

アンモニアガス耐性細菌の発見   
  これまでの試みでは、自然界には確かにアンモニアガスに対して耐性を有する細菌が存在することをとらえている。アンモニアガス耐性細菌には、高度アンモニアガス耐性細菌とアンモニアガス資化性細菌の大きく二通りのタイプに分けることができる(下図参照)。高度アンモニアガス耐性細菌は、4,000〜20,000ppmで生育できるが、生育に要求するわけではない。その多くは好アルカリ性細菌である。アンモニアガス資化性細菌はアンモニアガスの要求性があり、その中の多くはアンモニアガスを酸化することによってエネルギーを得る化学合成独立栄養細菌でもある。さらにアンモニアガス資化性細菌は絶対アンモニアガス要求性細菌と通性アンモニアガス要求性細菌に二分される。絶対アンモニアガス要求性細菌は生育にアンモニアガスを必須とし、アンモニウムを利用できない。通性アンモニアガス要求性細菌はアンモニアガスが存在すると生育するが、アンモニウムも利用可能である。
アンモニアガス耐性細菌を生育温度の視点から見ると好熱、中温、好冷性細菌と分けることができる。

アンモニア生命圏と地球外生物   
   アンモニアガス耐性細菌は、形態的にも生化学的にも多様性が見られるといえる。それぞれのアンモニアガス耐性細菌の生命維持の仕組みを明らかにし、知識を積み重ねていくことは、アンモニア生命圏の提唱と深い理解のための基盤となるだろう。
 アンモニアガス酸化機構の解明は、地球型生物とは距離をおいたアンモニアを食べる生物に関する知識を重ねることであり、そのようにして得られた知識は、アンモニアガス惑星に生息するかもしれない生物の存在を予測することができる。

アンモニアガス耐性細菌Paenibacillus lentus NH33について これまでにわかったこと
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